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2009年4月

漢詩 思念の詩

沈園を訪ねて

                                 
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     「釵頭鳳」 陸游 の詩                「釵頭鳳」  唐婉の詩

中国、南宋時代の詩人「陸游」は当時北方民族(金)からの侵攻に対して朝廷の軟弱な対応を強く非難した愛国詩人ですが、かたや別れた妻を生涯忘れることが出来ず、妻を想う数々の詩を残した心優しい詩人でも有名です。    その 陸游の故郷、江南地方の紹興 (越の都で紹興酒の産地) に「沈園」 とゆう美しい庭園が有ります。 2年前にその沈園を訪れ、庭園に並び立つ「釵頭鳳」の詩碑に何故か大変感動iしました。  この「釵頭鳳」は私が漢詩を始める動機付けの一つに成った詩でもあります。   陸游については沢山の本が出ていますので省略しますが、20才で唐婉と結婚し、睦まじく愛に満ちた仲でした。しかし姑の邪推により折り合い悪く、姑の意向は絶対的だった当時、結局離縁させられます。数年後 陸游はこの沈園で別れた妻 唐婉と偶然にも再会し、想いを綴った詩がこの   「釵頭鳳」です。やがて唐婉も応えて、全く同形式の相思の詩を陸游に届けます。唐婉は病弱で若くして生涯を閉じましたが、陸游は唐婉を恋偲びつつ85才の生涯を閉じます。
陸游の詩 「錯、錯、錯」「莫、莫、莫」  唐婉の詩 「難、難、難」「瞞、瞞、瞞、」の何れの結句も何とも言えない余韻を感じ、私も二人の心の内を思いつつ創りました。

訪沈園有感

池畔桃花映碧波                  池畔の桃花、碧波に映じ。

沈園雙建感傷歌                  沈園に双び建つ感傷の歌。

涙痕深刻釵頭鳳                  涙痕、深く刻む、釵頭鳳。

唐婉悲愁可奈何                  唐婉の悲愁、奈何かすべき。

<(庭園の)池のほとりに咲く桃の花が、美しい碧く澄んだ水に映り。
  沈園の庭園に(陸游 唐婉の)悲しい詩が並び建っている。
  涙の痕、深く刻む「釵頭鳳」の詩を詠めば。
  唐婉の愁い悲しみはどうすることも出来なかっただろうと想いが過ぎる。 >

涙痕  : 涙の痕      沈園(シンエン) : 紹興に在る沈氏の庭園                  釵頭鳳 : (鳳のかんざし) 陸游 唐婉の相思の詩  
可奈何 (イカンカスベキ):  どうにもしょうが無い(どうする事も出来ない)

        沈園の庭園に立つ「詩境」の碑

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漢詩 懐古の詩

吉野山に遊ぶ

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              桜花爛漫

「荒城の月」の詩に有りますが荒れ果てた城に散る桜吹雪は日本文化の象徴の春景色です。
「一目千本、吉野の桜」も日本の櫻の名所として余りにも有名です。その吉野の桜には城ではなく、やはり南朝は後醍醐天皇ゆかりの如意輪寺でなければ似合いません。
何れも桜花爛漫の華やかさと裏腹に、花の散り際の潔さが、世の盛衰を想い起こさせるからではないでしょうか。 吉野に遊び、崩れた土塀、境内の池に散る桜を見ながら往時を偲びつつ、、

      題   春日遊吉野山 

靄靄芳山彩淡紅。             靄靄たる芳山は、淡紅に彩られ。

賞櫻傍谷訪禅宮。          櫻を賞し、谷に傍う禅宮を訪れる。

渓泉冷處花将散。          渓泉、冷やかな處、花将に散らんとし。

荒蘚頽垣古殿空。           荒蘚,頽垣の古殿は空し。

<春の靄たなびく吉野は全山淡紅(櫻)に彩られ。桜を愛で谷ぞいの禅宮を訪れる。渓水、清よく冷やかな処(境内の池)に、今にも花が散らんとし(浮かび)。荒れ果て苔むす、頽れ落ちてた土塀の古殿は空しい。 (南朝の往時を偲ばせる)                                                             
芳山:  吉野山   淡紅 :  淡い (櫻   色)   渓泉冷處: 冷たく清らかな境内の池    荒蘚頽垣: 荒れ苔むす崩れた土塀

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          土塀沿いの櫻(染井吉野)

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